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それは甘い砂糖菓子のような日常








「美人だよなああ」
「はあ?」


船員が素っ頓狂な声をあげ、トチローを見た。
トチローの視線は、機械故障部に向けられたままである。
アルカディア号の主砲が故障し、(もっとも、この故障はぎりぎり予想範囲内ではあったのだが)徹夜作業を機械関係に強い船員達に強いている最中の出来事だった。



「足は長いし、背は高い。ついでに顔は小さいときてやがる。八頭身はおろか、下手をすれば九頭身ぐらいありそうだ。完璧なまでのモデル体型だとは思わないか」
「はあ」



船員は頭をぽりぽりと掻いていた。
俺としてもどう反応すればよいのか分からない。



「ぴったりと身体に密着した海賊服は、俺などが着た日にはかなりの公害物だが、こいつの場合は、抜群のスタイルを際立たせる小道具に過ぎない。綺麗についた筋肉がこれまた見事だ。
決してゴロツキのように筋骨隆々というわけではない。実戦によって作り上げられた筋肉は、薄く、そしてしなやかなものだ。筋骨隆々の大男などと戦うときには、細くすら見えるのに、簡単に片手で相手を地に叩きのめす。蝶のように舞い、蜂のように刺す。どこぞのスポーツで生まれた名言らしいが、それを実践できる辺りが驚異的じゃねえか」




「ト、トチローさん・・・・・」
トチローの手と口は休むことなしに高速稼動中である。
船員が、トチローと俺に交互に助けを求めるかのような視線を向ける。
彼の戸惑いも分からないわけではないが、しかし、俺はそれどころではない。
一体誰だ!トチロー!!俺よりいい男なのか!!





「顔立ちなどは言うに及ばない。絶世の美貌という奴だな。ちなみにこれは俺の欲目では決してない、俺は断じて男に対して世辞は言わない。昔、とある大陸に己の美貌一つで国を傾かせた女がいたというが、きっとそのレベルに達するものがあると俺は思う。深い知性を秘めたようにすら思わせる切れ長の瞳、薄い唇、整った鼻梁。数万の精子と卵子がくっついて子供ができるというが、奴の場合、かなりの激戦を勝ち抜いた精子と、最上級の卵子がくっついたんだな。早い話が両親の良いところを総取りしたんだろう。所詮は皮一枚だが、その皮一枚に男も女も狂うのだから、いっそ笑えるよな」




ここまでトチローが他人を手放しに褒めるのを俺ははじめて聞いた。
面白くない。
戸惑うかのように、俺とトチローを見ていた船員が俺の顔を見た瞬間、真っ青になる。
一体どうしたというのだろう?


「うっし、完了」



トチローの高速稼動中の手がやっとその動きを止めた。
ばんっと音を立てて、鉄板が閉じられる。



「おい、トチロー」
「ん?なんだ、故障はしっかり直しといたぞ、ハーロック」



振り返ったトチローの目がとろんとしている。
もう、三日も徹夜を彼に強いているのだ。それは仕方がない。
機械部の故障など、トチローは半分眠っていても完璧に執り行う。その点に関しては何も心配はしていない。
その点はどうでもいいのだ。この際。


「一体誰だ?そのお前が手放しで褒める奴は?」



今の俺にはこれが一番重要だ。
エメラルダス以外にトチローがここまで褒めちぎるようなことがあるのだろうか?
大体エメラルダスだってここまで褒められるのを俺は聞いたことがない。
先ほどの言はもはや惚気に近かった。



一体だれなんだ、トチロー!!



「ハーロック」



トチローは笑った。



「だから!一体誰なんだ!!」


「だからお前だって。ハーロック」










にっこりと多少眠気でうるむ眼で笑うトチロー。
俺はトチローの言葉を理解した瞬間、顔が真っ赤に染まる自分を自覚した。













「なななななな」




『何を言い出すんだ、いきなり』といいたいのに、上手く言葉が紡げない。
トチローは半分寝ている人間特有のふにゃりとしたしまりのない笑顔で俺の脚にすがりついた。




「もう、お前カッコいいし、美人だし、でもアホだし、愛しているよ、マジで」
「男に愛を告白されても嬉しくもなんともないわ!!」
「ん〜つれないねえ、ハーロック君」


真っ赤に染まる俺の顔を船員達が面白そうな表情で見る。
微妙に視線が生暖かいのは気のせいか?
そんな眼をして俺を見るな!
機械工作部所属の皆!!
言動と行動が一致していない自分は百も承知だ!






「艦長とトチローさんってば本当にラブラブですねえ」
「なんか世の中の不条理を感じますわ」
「あ〜、俺も奥さん欲しいっす!」




こそこそと、しかし実にはっきりと皆の声が聞こえた。
いや、違うから!
俺とトチロー、夫婦じゃないし!
嫌がってない己も嫌だが、お前達にそんな生暖かい『ラブラブ新婚バカップル』を見守るような視線で見られる筋合いはない!!



そう叫びたいのにトチローを見るとそんな言葉が霧消していく。




「あ、あのなトチロー」




え〜い!治まりやがれ心臓!
俺は変態か!変人か!!






「好きだよ。ハーロック」





トチローがにへらと笑いながら、俺を仰ぎ見、言った。
俺を見上げるその体制はなんだかちょっぴり、こそばゆいものを感じる。
同じ男なのに身長差もここまであると首が痛い。
その痛みすら心地よい。いい加減俺も末期だ。



トチローが可愛くて仕方がない。





基本的にトチローは間違っても可愛いなどという言葉が似合う人間ではない。
背こそ小さいものの、その生き方、その考え方はどちらかといえば、『格好いい』という言葉が似合う男である。
無骨に、豪快に。
それでいて繊細に、細やかに。まあ、多少、のめりこむとそれしか見えないこともあるが。




純粋にいい男だと思うのだ。
本当に。




「一体いきなりどうしたんだ?トチロー」
「別に〜」
「美人といわれても嬉しくもなんともないぞ」
「なんで?」
「男が美人でなんの得がある。せいぜい酒場で女にもてるくらいだ。ちなみに男にももてるぞ、まったく嬉しくないが」
「そりゃあ大変だなあ」


トチローは大きくあくびをした。


「でも好き〜」



トチローがその小さな頭をぐりぐりと俺に押し付ける。
仕方がない。
可愛いのだ。俺はこの親友が。


その小さな頭をぽんぽんと軽く叩く。
俺は笑った。


「俺もトチローが好きだよ」




ああ、もう笑いたければ笑ってくれ!
俺はこの親友に依存している。
可愛くて仕方がないって思ってるよ、二十歳を超える男に向かってさ!
基本は突っ込み系、我侭、身勝手、俺と最初にあった時だって、利用する気しかなかった大馬鹿やろう。
普段は冷静なくせに、結構思い込みが激しくて、気づくと深みに一人で嵌まる馬鹿。
宇宙で一番熱いハートとでっかい頭脳を持った俺の親友。







「トチローが俺を好きなのには一杯理由があるんだな」


俺は笑った。
そのまま屈んでトチローの右頬に親愛のキスを贈る。






「俺もトチローが好きだよ。理由なんていらない。ただ好きだよ」




トチローがきょとんとした眼で俺を見る。
半分寝ているトチローだ。
きっと覚えてはいまい。もっとも、シャイなトチローにばれた日には間違いなく殺されるけどな。





トチロー、漢で売っていた俺をここまで壊したんだから、これぐらいの意趣返しぐらい大目に見てくれよ。






















後日談




あの後、完全に寝入ってしまったトチローが機械部の船員たちにからかわれて真っ赤になって俺の元に怒鳴り込んできたのは、まあ、笑える話で収まってくれた。
ちょっぴりトチローの照れ隠しの攻撃と、エメラルダスの絶対零度の微笑みによって死に掛けたがな。
トチローはやっぱり可愛かったよ。
いい加減俺も人間として問題ありらしい。




ひたすら重苦しい話を書いていたので、ちょっと甘い話を書こうと思って・・・・。
甘いわ!!!!
砂糖はけますよ、こいつら。
どうやら私のトチロー可愛い病にも末期なようです(笑)

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