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「馬鹿が・・・」
男は静かに呟いた。
「俺はそんなものが欲しかったんじゃない」
泣くことすらできやしない。
悔やむことすらできはしない。
死ぬと分かっている人間に対して何ができる。
死ぬことを覚悟してしまっている人間に何ができる。
それを笑って受け止めて、旅立つ人間に何ができる。
「お前にはやりたいことがまだまだあったんだろう?」
男の親友はもういない。



Fortune



「そう、死んだのですね」
ずっと昔に会った女と再会した。
赤い髑髏の旗を掲げて生きる女と再会した。
「ああ」
女の細い指がメインコンピューターをなぞる。
「でも、ここにトチローはいる」
女は泣かなかった。
だが、泣けばいいとどこかで願う己がいた。
「ああ」
女は泣けなかったのかもしれない。
「私は幸運でした、トチローと出会えて」
女は美しかった。
今までであったどんな女よりも。
優しい女もいた。
綺麗な女もいた。
頭のいい女も、心が美しい女も、いろんな女に出会った。
しかし、今目の前で艶やかに微笑む女が一番美しい、そう素直に思った。

「私はトチローを愛しています、今も昔もこれからも」
「もう、この世界のどこにも存在しなくとも?」
「ええ、もちろん」
女は美しい。
「彼と出会って私は幸運です。たとえ、その身がすでにこの世に存在していなかろうと。彼と出会ったことで、そして彼がいないことで大きな絶望が私を支配しようとも。彼と出会えなかった人生と比べれば、そんな悲しみも絶望も些細なことでしかありません。」
男は笑った。
「強いな、貴方はいつも」
しかし、女は静かに首を振る。
「いいえ、私は決して強くはありません」
ただ、静かに瞳を閉じ、女は言った。

「私は彼と出会うことによって自らの生を知り、それを感じることができました。彼と出会うことで、私はもしかしたら永遠に知りえなかったかもしれない恋を知りました。人を愛することを知りました。だから、彼と出会えて本当に良かった、私は幸運だった、そう素直に思えるのです」

男は静かに笑った。
それは自分も同じだったから。

男の親友の身体はもうない。
しかし、親友の残した心は確かにここにある。
メインコンピューターが静かに唸った。

「俺も幸運だったよ」

男は静かに最初で最後の涙を流す。

「幸運だった」



出会えたことが幸運だったといわれる人は少ないと思います。
『トチロー』という存在に出会えたことを彼らは幸運だといいます。
それは、何よりもすごいことだと思うのです。

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